第2回 マネジメントセミナー  「成長と人材」−伸びる企業の人材戦略

講師:東京大学助教授 玄田有史氏


 

 本年度より会員企業のトップが参加できる機会 を増やすため、マネジメントセミナーの開催を始 めました。11月6日(木)に、実証的な新進気鋭の 学者として政府のアドバイザーも務め、いま最も 注目を集めておられる東京大学の玄田助教授を講 師としてお迎えし、81名の会員に参加戴き、第2 回目を開催しましたので講演内容を報告します。

育成なくして成長なし

 本日は当たり前のことしかお話しできないかと思います。ただ色々な意味で今この国から自信がなくなりつつあります。当たり前のことが本当に当たり前なんだろうかと不安になったりしています。そこで、今なにが当たり前に大事にしなくてはならないことか、ご意見を頂戴しながら一緒に考えて行きたいと思います。
 小泉内閣が誕生し、「改革なくして成長なし」という言葉が首相の口から幾度も囁かれています。「改革なくして成長なし」もいいのですが、もっと新しい言葉「育成なくして成長なし」これが今日お話したい当たり前の話です。
 英国でブレア首相が就任した時、イギリス病で低迷していた社会を再生するに当たり、「この国に足りない物が3つある。それは教育と、教育と、教育である」。教育こそが全てであると訴え、多くのイギリス国民の支持を得ました。もし同じように言うならば「この国に失われつつあるものが3つあるとすれば、育成と、育成と、育成」です。

即戦力、アウトソーシングの時代?

 経営コンサルタントの中には、こんなスピードで世の中が変化している時代には、ゆったりと人を育てている余裕はない。むしろ米国のように即戦力を活用すべきで、アウトソーシングした方がよい。それがグローバルスタンダードで米国のやり方だとおっしゃる方がいます。果たしてそうでしょうか。
 スタンフォード大学にジェフリー・フェファーという有名な経営学者がいて、米国で成長している企業をつぶさに調査し「人材を生かす企業」という本を書きました。その本の中に、米国はアウトソーシングで即戦力指向といわれているが、どうもウソのようである。そういうことを考えて伸びている会社は米国にはない。なぜか、それはうちの会社で即戦略の人材がとれるなら、ライバルでもとれる筈だ。それでは勝てる訳がない。うちの会社にしかない物やサービスを提供するには、うちの会社にしかいないようなキラリと光る人を育て、そういう物やサービスをつくるしかないという訳です。これはアメリカでも日本でも、どこの国でも同じ結果にたどり着く結論です。
 確かに、即戦力指向をとる企業はあります。しかし、この戦略にはお金がかかります。リクルートの江副さんは会社を興した初期のころ即戦力指向で人を集めました。学歴にはこだわらず、いい人を集めるために何十億円も使って、田舎の高校やいろんな所へ行き集めました。みなさんは同じことが出来ますか。けさ新聞を見ていたら、近鉄のローズ選手が巨人に移るという記事が出ていました。まだ懲りてないようです。私は広島カープや横浜ベイスターズのような貧乏な球団が、選手を一生懸命育てて勝つのが好きです。人を育てる、ここにやはり価値があると思います。

ぺテルの家の「非」援助論

 本日の演題は「成長と人材」です。これは私の書いた本のタイトルからとりました。しかし、もし本を買うのなら別の本をご紹介します。
 会社の中で一生懸命育てようとしても、若い人が反応してくれないとお悩みの人がいたら、多少勇気付けられるかもしれません。それは「ペテルの家の「非」援助論」という本です。北海道にある知的障害者の施設の話です。この家は福祉施設ですが、もうひとつ有名な面をもっています。それは、年商1億円の有限会社で、この町の超優良企業ということです。知的障害や自閉症の方々、つまり社会的にハンディを負った方が集まって、年商1億円のビジネスを展開しているのです。例えば日高昆布を直送販売する、お年寄りへ紙オムツを宅配する。町の中で誰もやらなくなった面倒くさい仕事を一生懸命やって年商1億円の売上を立てています。このぺテルの家は「安心してサボれる会社づくり」というのがキャッチフレーズです。知的な障害がある方たちですので、毎日ちゃんと出勤するのも大変です。仕事が始まって3分も立つといなくなる人もいます。ついつい人が欠けてしまいます。
 そこで、ものすごく自分たちが弱いことを自覚している。ある種の開き直りに近い弱さの自覚から、弱さを絆に転じている。いつも誰かが欠ける、サボるかもしれない、だけど誰かが助ける。そこでは三度のメシよりミーティング、すぐに相談する。答えを出すためのミーティングではなく、相談するための、コミュニケーションをとるためのミーティングが行われています。お互いの弱さを理解しあって、組織が強くなっている、会社が強くなっています。

不況のなかで伸びている企業の特徴

 「成長と人材」という本は、 1999 年頃から日本商工会議所に協力頂き、中小企業を対象にアンケートやインタビューをしてまとめたものです。
 結論は簡単です。不況の中でも伸びている会社がある。 1 割位の限られた会社が4割位の雇用を伸ばしている。その限られた会社には、 2 つの明らかな特徴があります。ひとつは、社長が必ず「うちは絶対社員を一人前にすると」おっしゃる。人を育てることに確信と自信を持っている。だから若い人を雇うとき、「給与は十分出せないかも知れない、仕事も楽ではないかも知れない。だけど絶対一人前にする。大人になったとき恥ずかしくない人間にしてやる。一人前になったら止めても結構。」とはっきりおっしゃる。他の会社と違うことは、明らかに人を育てることにこだわりをもっています。
 もうひとつの特徴は、風通しが良いことです。会社の持っている色々な不安、不満、問題点、課題、良いとこ悪いとこを皆んなで共有し合っている。誰に聞いても会社の良いこと悪いことがいっぱい出てくる。これが会社の明るさにつながっている。社員を育てる意識と、情報公開によって問題点を共有化し合っている会社は強い。不況の中でも伸びています。逆に、うちは人を育てる余裕なんかないという会社は段々業績も落ちている。
  けさ時間があったので、国際労働機関ILOの本を読みました。その中で、グローバル化や技術革新が進んで即戦力指向になっていると言われているが、どの国でも苦しいながら安定的な長期雇用を目指し、苦しいながらも人づくりに励んでいると書いてありました。部分的には派遣社員や有期雇用などが増えていますが、社会の根幹としては長く雇われる社会を目指すことが大事です。

職に就かない若者

神奈川経協では社会全体の人材育成に取組んでおられ、インターンシップや高校の出前授業などもされて大変有難いと思います。そこで、是非お願いしておきたいことがひとつあります。
  これからは高校生や大学生だけでなく、若い失業者へ目を向けて戴きたいと思います。 25 歳未満の失業率は 10 %を越えて深刻な事態になっています。しかし失業者は未だ働く気持ちがあり職を探すので救われます。もう学校に行っていない、働く気がなくハローワークにも行かないので失業者としてカウントされていない、失業者と扱われていない 35 歳未満の若者が260万人もいます。これは大阪市の人口に匹敵します。
  どういう人が含まれているかといえば、高校中退者 ( 年間約 10 万人、中退率 2.5% )、中卒者 ( 年間約 20 万人 ) の多くが含まれていると考えられていますが、実態は把握されておりません。政府はこれらの人達に何のプログラムも準備していませんし、社会も無策のまま放置していますので、このあと大きな社会問題に発展してゆきます。

ソーシャル・スキル

 もっと若い人に目を向けたい。兵庫県 ( トライやる・ウィーク 98 年から ) と富山県 (99 年から ) では、全県下の公立中学校2年生を対象に社会参加・職場体験を始めました。期間は月曜から金曜までの5日間で、みっちり朝9時から夕方4時位まで、自分の足で会社へ行き自分で帰ってくる。1日か2日の職場体験はよくありますが、 1 週間丸々引き受けるのは会社にとって大変なことです。良くそんな余裕があるなと思われるかも知れません。余裕があるからやっている訳ではありません。
  97 年に兵庫では「心の大震災」といわれる事件がありました。いわゆる酒鬼薔薇事件です。少年が事件を起こすと、やれ学校が悪い、親が悪いと言います。でも兵庫では、これは大人一人ひとりの問題ではないか、一人ひとりの大人が何が出来るかと本気で考え、子供達を受け入れてやることが大事だということになりました。
  実際やってみると、ものすごい変化がありました。子供達の顔つきが変わりました。1日目や2日目は「アー、シンドイ」と言っていたのが、「3日目、4日目」になると顔つきが変わります。不登校だった生徒の 47.5 %が 5 日間通い続けるということが起きています。
 最初に警察にお世話になる年齢は 14 歳の夏休みが一番多いのですが、その頃に良い大人に出会う機会を作ってやることが大事だと思います。高校中退してから、高校を卒業してからだと声が届きません。もっと早い段階で大人が本気で向かい合う、そのために学校と家庭と地域が連携しないとうまくいきません。
 5日間なにをやるかといえば、コミュニケーションできる能力(ソーシャル・スキル)を勉強します。お店でお買い上げ戴いたとき「有難うございました」という。更に、買ったお客さまが帰るうしろ姿に対して、適切なタイミングでもう一度「有難うございました」という。最初はうしろ姿に「有難うございました」と言えない。でも何日かするとうしろ姿の背中に対して「ありがとうございました」と言えるようになる。これが言えれば、お店の中に流れができ自信になる。挨拶さえできれば生きてゆける。こういうことをどうやって早い段階から教えるか考える必要があります。
  正社員でなければ育たないという方もいますが、例えばコンビニでは、店長さんがアルバイト生に一生懸命教えています。すぐに止めてしまうから教育しないと言う訳にはいきません。吉野家が大事にしているのは目線です。回転を速くするため、お客さんが食べ終えてポケットに手を突っ込んだら、そのタイミングで「有り難うございました」と言う。財布の替わりに薬が出てきたら、すぐに水を差し出すといったことです。つまり、人を育てることは、就業形態や雇用形態には関係ないのです。どこまで本気で、ケチなことをいわずに人を育てるかということです。

多様化の時代

  多様化の時代、若い人たちが多様化してきたといわれています。私は自信を持って言えますが、そうは思いません。むしろ画一化してきています。選択肢が増える中でどうゆう風に選択したらよいのか、判断する基準はみんな同じ基準で考えています。情報が多すぎる分だけ、どうして良いか分からず苦しんでいるのです。情報がない時代は、例えば自分は野球選手になれるのではないかと夢が持てた。でも今は情報がたくさんあります。テレビでクリアーに映っている松井選手を見ているうちに自分には無理なことがわかります。
  よく若い子に夢を持て、目的を持ちなさいと言います。誰が言うかといえば、成功した人たちが言うのです。みんながみんな成功している訳ではではありません。若い人たちは夢が持てず、目的が持てないから悩んでいるのです。
  全ての人が自己実現できると教育してきました。働く中でみんなが自己実現できるわけではありません。自己実現することを目標に働けるのはほんの一部のエリートだけです。若い人は自分のやりたいことが出来ず、自己実現できない苦しさに悩んでいるのです。ところが、自己実現ができない生き方は不幸だという教育をしてきました。そういう教育が若い人を追い込んだのではないかと思います。

人を励ますとは

 やはり、人を育てるときは励ましてやることです。人を励ますとき「ガンバレ」と言う。すると言われた方も「ガンバリます」と答える。しかしこれは少し考えた方がよい励ましの言葉です。有名な話ですが、心の病を抱えた人には「ガンバレ」とは言いません。どちらかといえば頑張り屋が頑張り過ぎて追い込まれ、病気になっているのですから、更に「ガンバレ」といえば厳しい状況になってしまいます。「ガンバレ」という言葉は、その人が最大唯一の目標に向かって取り組んでいるときには励ましになります。シドニーオリンピックのマラソンで、高橋尚子選手が最後の独走状態のとき、高橋選手の最大唯一の目標はトップを続けることでした。そのとき沿道の応援が「高橋ガンバレ」、「キューちゃん頑張れ」と言うと励まされる。実際に沿道の応援が励みになったと本人も言っています。
  ただ、いま若い人も、中高年の人も、今やっていることが、その人にとって最大唯一のものとは限りません。自分がやっていることがどうなるのか、良いことなのか、本当にこのまま進んでいけば良いのか、目標が見出せずにいるとき「ガンバレ」と言われればプレッシャーになります。サッカーの中田英寿選手はマスコミが「ガンバレ」というのを嫌っています。マスコミが十分な取材もせず、自分がいま何に向かって取組んでいて、いま何に苦労し悩んでいるのか知ろうとせず、ただ「頑張れ、頑張れ」というからです。
 
またシドニーマラソンの話になりますが、 22Km 位の処で高橋がスパートしました。そのとき小出監督は「ロルーペ来ない、ロルーペ来ない」とアドバイスしたのです。このときの優勝候補は当時世界最高記録を持っていたケニヤのロルーペ選手でした。高橋はロルーペ選手が追い上げて来ることを一番気にしていたはずです。小出監督が「高橋ガンバレ」といえば、高橋選手は「ロルーペ選手が追い上げて来ている」と思い逆に不安になります。
  励ましの言葉をどうやって考えるか、吉本興業の東京社長が新人研修で、「社会に出るといろんな壁にぶつかりますが、その壁は乗り越えられないと思って下さい。なぜなら、あなた達が学生時代に持っていた常識が通用しないからです。
  ではどうするか、壁の前でうろうろしていることが大事です。うろうろしていれば、ある日壁に穴が明いているのに気づきます。そのうち誰かが壁の向こうから手を差し伸べてくれたり、勝手に壁が崩れたりします。うろうろしていることによって、必ずそういうチャンスに合えるのです。」と言いました。うまい励まし方だと思いました。また、この人はそういう風に自分の実力を超えて、周りの人たちから励ましを貰って生きて来られたのだと思いました。

(中略)

ウィーク・タイト

 「成長と人材」という本の前に「仕事のなかの曖昧な不安」という本を書きました。この本を読んだ若い読者から、圧倒的にあれは大事だと言われていることがありますので最後に紹介します。
  それは社会学の中では良く知られている 「ウィーク・タイト」、「弱いつながり、弱い絆」ということです。自分と同じような学校を出て、同じような価値観をもった、同じような環境の人といつも一緒にいる。そうすると居心地がよく安心がある。しかし自分が見えなくなる。自分の可能性に気付かない。例えば、転職するときには悩んで誰かに相談します。意外とたまにしか合わない、例えば小学校時代の友人などに相談した方がうまく行くことが多いということです。
  あまりにも日本という社会は逆の「ストロング・タイト」の社会を造ってしまったのではないかと思います。若い人を育てるには、若い人に違和感のある存在になって前に立ち塞がるような大人がいないと、心に火がつけられません。会社という自分たちの知らない環境の中で、年齢も考えも違う異物と空間を共用し、同じ空気を吸い5日間過ごすような環境を作ってやる、すると何かを感じ取ります。若い人たちの能力が低いと嘆いていても仕方がありません。いい大人に出会う。最初はなんじゃこりゃと思う。でも働くとはこういうことかと後で気付く。
  最初にお話した不況の中で成長している会社は、人を育てることにこだわりがあり、風通しが良いと言いました。風通しが良いとは、お互いが違いを認め、むしろ違いを大事にして分かり合うことです。人を育てることに社会や会社の命運がかかっています。国が訓練機会を作る、会社が人事制度を作ることも大事ですが、結局は自分たち一人ひとりが育てるために何をしてやればよいか考えて頂きたいと思います。

以上(文責事務局)


【 講師紹介 】

1964年、島根県生まれ。
東大大学院経済学博士課程単位取得。学習院大学経済学部講師、助教授、教授を経て、2002年、東京大学社会科学研究所助教授。 経済学博士号取得。専門は労働経済学

主な著書 「仕事のなかの曖昧な不安」日経・経済図書文化賞受賞、サントリー学芸賞受賞、「リストラと転職のメカニズム」、「成長と人材 - 伸びる企業の人材戦略」

主な公職  内閣府青少年の育成に関する有識者懇談会委員、厚生労働省女性の活躍推 進協議会委員、経済産業省男女共同参画研究会メンバー構造改革強化タスクフォース・メンバー